目次
一、「先生、ありがとうございました」——閉院の日に立ち会って
ある春の朝のことです。私は、小樽市内のある内科クリニックの閉院の日に立ち会いました。
院長の先生は御年76歳。この地で40年以上、地域の患者さんと向き合い続けてきた方です。玄関には「長年のご愛顧に感謝申し上げます」という手書きの張り紙。受付には、先生が子供の頃から診てきた患者さんたちが次々と訪れ、花束を手渡していました。涙をこらえながら「先生、ありがとうございました」と頭を下げるご高齢の女性。「次はどこへ行けばいいの」と不安の滲む声を上げるご夫婦。
先生は穏やかに、しかし申し訳なさそうに笑っておられました。「後継者を探し続けたんですよ。10年間ずっと。でも、見つからなかった」——その一言が、今も私の耳に焼き付いて離れません。
医師が40年かけて築いた信頼関係は、閉院の瞬間に「行き場のない患者さん」へと変わる。
それは単なる一つのクリニックの終わりではなく、地域の命綱が一本、静かに断ち切られる瞬間です。
私はその日以来、「医療承継」という問題を、議員活動の最重要課題の一つと位置づけて取り組んでいます。今日は、このことを正面から、皆さんに語らせてください。
二、小樽の医療法人が直面する後継者不足の実態
まず、現実の数字を直視していただきたいと思います。
小樽市内には現在、数十の診療所・クリニックが存在しています。そのうち、院長の年齢が60歳以上の施設が過半数を占め、70歳以上の方が院長を務めているクリニックも決して少なくありません。それだけではありません。医療法人格を持つ診療所の中でも、「後継者の見通しが立っていない」と院長自身が語る施設が、私の聞き取りでは複数に上ります。
小樽市の開業医の平均年齢は年々上昇しており、10年以内に後継者問題が顕在化するクリニックが市内に複数存在するとみられます。廃院が連鎖すれば、残った医療機関への患者集中、待ち時間の増大、そして「受診を諦める市民」が増加するという悪循環が生じます。
地域の医療法人でさえも、この問題から逃れることができません。医療法人は個人クリニックと異なり、組織として医療を継続する仕組みを持ちますが、それでも「理事長・院長の後継者不足」「若い医師が都市部を選ぶ」という構造的課題の前では、組織の継続性を担保するのが難しくなっています。
内科、整形外科、眼科、耳鼻科、皮膚科——それぞれの専門領域で、小樽の地に根ざして働き続けてきたベテランの先生方が、「自分の代で終わりにせざるを得ない」という苦渋の決断を迫られているのです。
三、なぜ医療承継はこれほど難しいのか
「医師不足なら、若い医師を呼べばいい」——そう思われる方もいるかもしれません。しかし、問題はそれほど単純ではありません。医療承継を難しくしている要因は、複合的に絡み合っています。
① 医師の都市集中という構造問題
若い医師は研修の機会、専門性を高める環境、生活利便性、そして収入の安定性を求めて、どうしても大都市の病院を選びます。北海道であれば札幌。全国であれば東京・大阪・名古屋。小樽は札幌に近いという強みがある一方で、「わざわざ小樽で開業する」という動機を若手医師に持たせるだけの魅力を、残念ながらまだ十分に提供できていません。
② 開業コストと経営リスクの重さ
クリニックや医療法人を承継するには、設備投資、スタッフの引継ぎ、既存患者へのアプローチなど、多大なコストと経営リスクが伴います。医師免許を持っていても、「経営者」として地域に根ざす覚悟を持てる若者は多くありません。特に、不動産の取得や設備の老朽化更新が重なる場合、承継者にとっての初期負担は億単位になることもある。それが後継者探しを難しくしています。
③ 「患者さんを引き継ぐ」ことの重み
医療においては、設備や建物だけでなく、患者さんとの信頼関係を引き継ぐことが最も大切です。ところが「先代の先生でなければ嫌だ」という患者さんも当然いらっしゃる。承継した若い医師がその重圧の中で、信頼を一から築いていくことの難しさは、他のビジネスとは比較になりません。
④ 後継者マッチングの仕組みがない
「承継したい医師を探している院長」と「地域で開業したい若い医師」が出会う場、情報を共有するプラットフォームが、現時点で小樽にはほとんど存在しません。北海道医師会や行政が個別に対応しているケースはありますが、組織的・継続的なマッチング支援体制は、まだまだ不十分です。
四、廃院が連鎖すれば、何が起きるか
「一つのクリニックが閉まっても、市立病院に行けばいい」——そう思っている市民の方もいらっしゃるかもしれません。しかし、それは大きな誤解です。
かかりつけ医は、単に「病気を診る」だけの存在ではありません。患者さんの生活環境、家族構成、服薬歴、アレルギー、価値観——長年の関係の中で積み上げられた「その人の全体像」を把握した上で、総合的に健康を管理するのがかかりつけ医の本質です。その機能は、市立病院の外来では代替できません。
廃院が相次いだ場合に何が起きるか。現実に予測できることを、率直に申し上げます。
- 残存する医療機関への患者集中——待ち時間が数時間に及び、重症患者の診察が後回しになる
- 往診・訪問診療の空白地帯の拡大——在宅で療養する高齢者が、医師の定期訪問を受けられなくなる
- 受診抑制の増加——「遠い」「混んでいる」「面倒だ」と感じた市民が、症状を我慢して手遅れになる
- 救急搬送件数の増加——初期対応が遅れることで、本来防げた重篤化が起きる
- 医療難民の発生——特定の診療科(眼科・耳鼻科・皮膚科など)が市内から消える
これは絵空事ではありません。すでに日本各地の地方都市で起きていることです。小樽も、手を打たなければ同じ道をたどります。私はそれを、断じて許してはならないと考えています。
五、私が訴える「医療承継支援」三つの柱
では、具体的に何をするべきか。私が市議会で提案し続けている三つの柱をお示しします。
柱1:小樽市「医療承継支援センター」の設置
承継を希望する院長と、承継意欲のある若手医師・医療法人のマッチングを行う専門窓口を、小樽市と医師会が連携して設置する。現状では医師個人の人脈に頼るしかないマッチングを、行政が組織として関与することで安定的・継続的に機能させる。弁護士・税理士・不動産専門家を含む「承継サポートチーム」を構成し、法的・財務的支援も一体で提供します。
柱2:承継医師への定住支援パッケージ
小樽でクリニックを承継・開業する医師に対して、住宅支援・子どもの保育優先枠確保・配偶者の就業支援を組み合わせた「定住支援パッケージ」を市として用意する。医師にとって「小樽で生活することのメリット」を、具体的なかたちで示すことが重要です。医師を呼び込むことは、医師一人の問題ではなく、医師家族が小樽に根を張ることができる環境づくりです。
柱3:北海道大学・札幌医科大学との地域医療協定の強化
医師を供給する源泉は大学の医局です。小樽市が両大学と締結している地域医療協定を実質化し、研修プログラムの中に「小樽での地域医療実習」を必修化するよう働きかける。若い医師が学生・研修医の時代に小樽で地域医療の現場を経験し、「このまちで働きたい」と感じてもらえるようにする。縁もゆかりもないまちに赴任するのと、愛着のあるまちに戻るのとでは、医師の覚悟がまったく違います。
六、医療格差の是正——「どこに住んでいても同じ医療を」
医療承継の問題は、小樽市内だけで完結しません。後志管内の町村と合わせた広域で考えたとき、事態はさらに深刻です。
余市町、仁木町、共和町、積丹町——後志の各町村でも、医師不足・診療科の偏在・高齢化が進んでいます。重篤な患者が小樽市立病院や札幌の病院まで搬送されるまでの時間は、都市部とは比較にならないほど長い。その差が、命の格差に直結することがあります。
医療格差とは、「どこに生まれたか」「どこに住んでいるか」によって、受けられる治療の質と速さが変わってしまうことです。
それは、日本国憲法が保障する「生命・自由及び幸福追求の権利」の問題であり、私は政治家として、この格差を是正する義務があると考えています。
小樽市が後志の中核都市として、広域での医療ネットワークを主導する役割を担うべきです。小樽市立病院を中心に、後志管内の医療機関と電子カルテを連携させ、救急搬送の情報共有を強化し、専門医がオンラインで離島・山間部の患者を診られる遠隔医療体制を整備する。これは夢物語ではありません。技術はすでにある。あとは、政治の意志だけです。
七、このまちの命を、私は諦めない
私は1972年、小樽に生まれました。小学校から高校まで、このまちで育ちました。遊び場だった運河沿いの石畳、冬の凍えるような坂道、潮まつりの夜の喧騒、祖母の通ったかかりつけ医のあの薬の匂い——小樽のすべてが、私の原点です。
だからこそ、言わなければなりません。はっきりと。
このまちから「かかりつけ医」が消えていくことを、私は政治家として許すわけにはいかない。
40年間このまちに尽くした先生が、後継者を見つけられずに涙をこらえて閉院する。患者さんが「次はどこへ行けばいいの」と途方に暮れる。その現実が、今、小樽で起きています。しかし、これは「仕方のないこと」ではありません。政治が動けば、変えられることです。
医療承継を支援する仕組みをつくること。若い医師が小樽を選びたくなる環境を整えること。後志全体で医療を守るネットワークを構築すること。医療格差を、制度の力で是正していくこと。
これらは、一朝一夕にはできません。しかし、やり始めなければ、永遠に変わらない。私は今日も議会で、地域で、声を上げ続けます。
小樽に生まれた子が、安心して産声を上げられるまちを守りたい。
小樽で老いていく方々が、最期まで「ここに住んでよかった」と言えるまちを守りたい。
そのために、私は医療承継の問題から、絶対に目を背けません。
もし、閉院を考えているかかりつけ医の先生がいらっしゃれば、どうか一度、私にご相談ください。後継者探しに悩んでいる医療法人の理事長の方も、ぜひお声がけください。また、「この地域に医師がいない」「受診できる場所が減って不安だ」という市民の皆さんの声も、どんな小さなことでも聞かせてください。それが、政策を動かす力になります。
小樽の医療を守ることは、小樽というまちそのものを守ることです。私は、このまちの命を諦めません。
