目次
新幹線がやってくる、その日のために
皆さん、こんにちは。市議会議員の中村よしひろです。
先日、天狗山の展望台から小樽の街を眺めていました。石狩湾の青、赤レンガ倉庫の屋根、運河沿いを歩く観光客の皆さん。何度見ても、「ああ、この景色のために私は政治をやっているのだな」と胸が熱くなります。そしてふと、こう思ったのです。「数年後、この景色を見に来てくれる人が、どれほど増えるのだろう」と。
北海道新幹線の札幌延伸。開業時期については国の工程見直しが続いていますが、確実に言えるのは、「新小樽(仮称)駅」が私たちのまちに誕生するということです。これは小樽の未来を大きく変える出来事になります。
新幹線は、ただの乗り物ではありません。人の流れ、お金の流れ、そして「選ばれるまち」になれるかどうかを決める、まちづくりの試金石です。チャンスでもあり、同時に、覚悟が問われる局面でもあります。
数字で見る、小樽の交流人口の現在地
まず、現状を正直にお伝えします。小樽市の人口は、ピーク時の約20万7千人(1964年)から、現在は約10万6千人へと、ほぼ半減しました。一方で、観光入込客数はコロナ禍前で年間約800万人前後。人口の約75倍もの方が、小樽を訪れてくださっているのです。
この数字を、皆さんはどう感じられるでしょうか。
私は、「小樽には、人口減を補ってなお余りある魅力がある」という希望の証だと受け止めています。と同時に、「交流人口」をいかに「滞在人口」「関係人口」へと育てていけるかが、今後の生命線だとも感じています。
- 日帰り観光客の割合が高く、宿泊につながりきっていない
- 観光消費額が、他の国際観光都市に比べて伸び悩んでいる
- 観光エリアと生活エリアの線引きが明確で、「街歩き」の広がりが限定的
これらは以前から指摘されてきた課題です。新幹線開業は、この構造を変える千載一遇のチャンスなのです。
「通過される街」になってはいけない
私が最も危惧しているのは、新幹線によって小樽が「素通りされるまち」になってしまうことです。
東京方面から札幌へ。あるいは札幌からニセコ、函館へ。その途中駅のひとつとして、ホームから景色だけ眺められて終わる——そんな未来だけは避けなければなりません。
では、どうすれば「降りてもらえる駅」になれるのか。先日、商店街の店主の方とお話ししていたとき、こんな言葉をいただきました。
「中村さん、観光客に媚びる必要はないんだ。小樽の人間が『うちのまち、いいだろう』と胸張って暮らしてりゃ、ちゃんと伝わるもんだよ」
私はこの言葉にハッとさせられました。交流人口を増やす最大の施策は、派手なキャンペーンではなく、市民一人ひとりがこのまちに誇りを持てる環境をつくること。遠回りに見えて、これが本道だと思うのです。
小樽駅と新小樽(仮称)駅——二つの玄関口をどう結ぶか
具体的な課題に踏み込みます。新小樽(仮称)駅は、現在の小樽駅から約3km離れた天神町付近に設置される計画です。この「二つの駅」をどう連携させるかが、極めて重要になります。
二次交通の整備は待ったなし
新幹線で降り立った方が、スムーズに小樽駅・運河・堺町通りへ移動できる仕組みがなければ、「不便な駅」の烙印を押されかねません。私は以下の点を、市議会でも繰り返し提起してまいります。
- 新小樽駅と小樽駅・観光拠点を結ぶ、高頻度のシャトルバス運行体制の構築
- 既存の中央バス路線との結節強化と、分かりやすい運賃体系
- 多言語対応のデジタルサイネージ・案内ナビの整備
- 電動自転車やグリーンスローモビリティなど、小樽の坂道事情に合った新しい移動手段の試験導入
新小樽駅周辺の「性格づけ」
一方で、新小樽駅周辺を「小樽駅のミニチュア」にする必要はありません。私は、ここは「静かで上質な滞在拠点」として位置づけるべきだと考えています。宿泊施設、カンファレンス機能、自然景観を活かしたウェルネス施設など、既存の観光エリアと競合せず、補完し合う機能を集めていく。これが二つの駅を活かす道です。
市民の暮らしと観光のバランス
ここで、どうしても触れておきたいことがあります。
交流人口が増えることは、良いことばかりではありません。京都や鎌倉で問題になった「オーバーツーリズム」——観光公害は、既に小樽でも、週末の堺町通りや運河周辺で片鱗が見えています。ゴミ、交通渋滞、生活道路への観光車両の流入、民泊トラブル……。
観光は、市民の暮らしの上に成り立つものです。市民の生活の質が下がるような観光振興は、長い目で見れば必ず破綻します。「住んでよし、訪れてよし」——この順番を間違えてはいけません。
新幹線開業を見据え、私は次のような仕組みづくりを提案していきたいと考えています。
- 観光客の時間的・空間的分散を促す、エリア別の回遊プログラム
- 民泊・簡易宿所に関する地域ルールの明確化と、近隣住民の相談窓口の充実
- 観光消費から得られる税収の、生活インフラ(道路、除雪、学校)への還元の見える化
- 住民が参加できる観光まちづくり協議会の恒常的な設置
観光で得た果実を、きちんと市民の暮らしに戻していく。この循環がなければ、市民の理解は得られません。
私が描く、2030年の小樽
最後に、少しだけ夢を語らせてください。
私が思い描くのは、新幹線で降り立った方が、新小樽駅から小樽駅へ向かう車窓から海を見て歓声をあげ、運河で立ち止まり、どこか懐かしい路地で小さな喫茶店を見つけて、ガラス工房の職人さんと言葉を交わし、夜はニシン漁で栄えた時代の面影が残る宿で、地元の魚とワインを味わう——そんな一日です。
そしてもっと大切なのは、その夜、宿の窓から見える灯りの中に、普通に暮らす小樽市民の生活の光がある、ということ。観光地としての顔と、生活のまちとしての顔が、無理なく重なり合っている風景です。
私が小樽を愛する理由は、きらびやかな観光資源があるからではありません。坂の途中で挨拶を交わすお年寄りの笑顔。朝市で魚をさばく手の確かさ。雪かきをしながら隣人を気遣う声。この「暮らしの手触り」こそが、小樽という街の本当の宝物だと思うのです。
新幹線は、必ずやってきます。その日に、「来てよかった」と訪れた方に言っていただけるまちであると同時に、「ここに住んでいてよかった」と私たち市民が胸を張れるまちでありたい。
皆さんは、2030年の小樽に、どんな景色を望みますか。ぜひ、お聞かせください。市役所の中からでは見えない景色を、皆さんの声から教えていただきながら、私も一歩ずつ、歩みを進めてまいります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
