運河の夕暮れに思うこと
先日の夕方、所用の帰りに小樽運河沿いを歩きました。ガス灯がぽつりぽつりと灯り始め、石造り倉庫の壁がオレンジ色に染まっていく。何度見ても、あの光景には足を止めてしまう何かがあります。隣を歩いていた観光客らしきご家族が、「わぁ、絵本の中みたい」と声を上げていました。
私はそのとき、ふと考えたのです。この景色を、私たちは本当に次の世代へ手渡せるだろうか、と。
小樽で生まれ育った方なら、きっと同じ思いを抱いたことがあるのではないでしょうか。見慣れたはずの倉庫群が、ある日突然、取り壊されていた——そんな経験をされた方も少なくないはずです。今日は、小樽の宝である石造り倉庫群の未来について、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
石造り倉庫群が語る小樽の物語
そもそも、なぜ小樽にはこれほど多くの石造り倉庫が残っているのでしょうか。
明治から大正にかけて、小樽は北海道の経済の中心地でした。ニシン漁や石炭積出、そして北前船の寄港地として、日本海側屈指の商都として栄えた歴史があります。倉庫群はその繁栄の証そのもの。地元で産出される札幌軟石や小樽軟石を用い、職人たちが一つひとつ石を積み上げてつくった建物です。
私は子どもの頃、祖父に手を引かれて色内の通りを歩いた記憶があります。祖父は「この石はな、火事に強いから倉庫にぴったりなんだ」と教えてくれました。関東大震災の際には、被災地から視察団が訪れたという話も残っているほど、小樽の石造建築は堅牢さで知られていたのです。
小樽市内には、歴史的建造物として指定・登録されている建物が約80件あります。そのうち、石造りや木骨石造の倉庫・商家は実に半数以上。これほど濃密に近代建築が残る都市は、全国的に見ても稀有な存在です。
倉庫は「過去の遺物」ではない
よく誤解されるのですが、石造り倉庫群は単なる「古い建物」ではありません。小樽の人々が、港町として生きてきた知恵と誇りの結晶です。壁の厚さ、梁の組み方、荷揚げのための開口部——そのすべてに意味があり、物語があります。
いま、倉庫群が直面している現実
しかし、現実は厳しい。皆さんもお気づきの通り、ここ数年の間にも、惜しまれながら姿を消した倉庫がいくつもあります。
所有者の方々とお話しする機会がありますが、よく聞かれるのはこんな声です。
- 「維持管理の費用が年々重くのしかかる」
- 「屋根や壁の補修に数百万単位の費用がかかる」
- 「相続が発生したが、子ども世代は市外に住んでいて管理できない」
- 「活用したいが、耐震基準や用途規制の壁が高い」
どれも切実な声です。「残してほしい」と願うのは簡単ですが、所有者の方々に負担を一方的に押し付けることはできません。景観を守るということは、その建物を支えている「人」を支えることでもあるのです。
皆さんは、どう思われますか。もし自分の家が「歴史的建造物」に指定されたら、誇らしさと同時に、重い責任も感じるのではないでしょうか。
保護と活用、その両立をどう図るか
私は市議会で、歴史的景観の保全について繰り返し提言してきました。大切なのは、「守る」だけでなく「活かす」という視点です。
一、修繕費用への支援拡充
小樽市にも歴史的建造物の修繕に対する補助制度はありますが、工事規模に対して補助上限が低く、所有者の自己負担が重いという課題があります。制度を実態に合わせて見直し、使いやすい支援へと進化させる必要があります。
二、活用のハードルを下げる
倉庫をカフェや工房、宿泊施設として再生する動きは、全国で成功例が増えています。小樽でも、堺町や色内でそうした取り組みが芽吹いていますが、建築基準や用途地域の制約で諦めるケースも少なくありません。歴史的建造物に対する柔軟な運用の仕組みを、市として整えていくべきだと考えます。
三、「残す価値」の見える化
一棟一棟の倉庫がどんな歴史を持ち、どんな技術で建てられているのか。それを市民も観光客も知ることができる仕組み——例えばデジタルアーカイブや現地のサインボード整備——を進めることで、「残したい」という気持ちは自然と広がっていきます。
私は、歴史的景観の保全を「コスト」ではなく「投資」として捉え直すべきだと考えています。倉庫群は、年間を通じて多くの観光客を呼び込み、小樽の経済を支える資産でもあるからです。
市民と共につくる未来の景観
一方で、こうした政策は行政だけで進めるものではありません。私がいつも大切にしているのは、「市民の皆さんが主役」という視点です。
先日、ある高校生から「学校の授業で小樽の歴史的建築を調べたら、祖父がかつてその倉庫で働いていたことがわかった」という話を聞きました。彼女は目を輝かせて、「残していきたい」と語ってくれました。こうした一人ひとりの気づきが、何よりの力になります。
私は、こんな取り組みを広げていきたいと考えています。
- 市民が参加できる歴史的建造物の清掃・保全ボランティア
- 子どもたちが地元の建築を学ぶ「ふるさと教育」の充実
- 所有者と活用希望者をつなぐマッチングの仕組み
- 倉庫を舞台にした市民企画のイベント支援
景観というのは、不思議なものです。眺めている人の心に何かを呼び起こすから「景観」になる。石と木が積まれているだけでは、ただの建物です。それを愛し、語り、関わる人がいて初めて、まちの風景として息づくのではないでしょうか。
百年先の小樽へ、私たちができること
石造り倉庫群は、約百年前の先人たちが残してくれた贈り物です。彼らはおそらく、自分たちの建てた建物が百年後の小樽の宝になるとは思っていなかったでしょう。それでも、良いものを、丁寧につくった。その積み重ねが、今日の小樽の風景をつくっています。
では、私たちは次の百年に何を残せるでしょうか。
倉庫群をただ保存するだけでは足りません。かといって、観光消費のためだけに消費してしまっても失われるものがあります。守ること、使うこと、語り継ぐこと——このバランスを、市民の皆さんと一緒に探していきたい。それが、議員として私の務めだと思っています。
最後に、私がなぜ小樽が好きなのか、改めてお伝えさせてください。それは、小樽には「時間の層」があるからです。明治の石、昭和の木、令和の暮らし。それらが同じ通りに重なり合い、まちの表情をつくっている。こんなに豊かな都市は、そう多くはありません。
この豊かさを、次の世代に手渡したい。皆さんのご意見、ぜひお聞かせください。運河沿いを歩きながらでも、どこかの倉庫カフェで一杯のコーヒーを前にしてでも。小樽の未来の話を、これからも続けていきましょう。
