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朝の港で、私はいつも立ち止まる
早朝、まだ観光客の姿がない勝納埠頭を歩くと、漁船のエンジン音と海鳥の鳴き声だけが聞こえてきます。遠くに石狩湾、振り返れば坂の上に広がる街並み。私はこの景色を眺めるたびに、「ああ、やっぱり小樽は港から始まった街なんだな」と、心の底から思うのです。
かつて小樽は、北海道経済の玄関口でした。昭和39年には人口が20万人を超え、北のウォール街と呼ばれた日本銀行小樽支店をはじめ、いくつもの銀行や商社が運河沿いに軒を連ねていました。しかし、令和7年現在、小樽市の人口は10万人を切ろうとしています。半世紀で半分。これは厳しい現実です。
けれど私は、悲観ばかりしてはいません。なぜなら、小樽には「港」という、他のどこにも真似できない宝があるからです。今日は、この港を軸に、水産・観光・IT誘致という三本柱で経済を立て直していく——私が議会で訴え続けている構想について、皆さまに率直にお話ししたいと思います。
水産業——「獲る」から「育てて、届ける」へ
小樽と言えば、やはり魚です。春のニシン、夏のウニ、秋のサケ、冬のシャコ。四季折々の恵みが港に揚がる光景は、小樽の原風景そのものではないでしょうか。
しかし、水産業を取り巻く環境は厳しさを増しています。小樽市漁協の水揚げ量は、ピーク時と比べて大きく減少し、担い手の高齢化も進んでいます。「息子に継がせたくても、継がせられない」——ある漁師さんから聞いたこの一言が、今も私の胸に突き刺さっています。
今、必要な三つの取り組み
- ブランド化の徹底:小樽産シャコ、忍路湾のウニなど、地域名を冠した高付加価値商品の販路拡大
- 加工・6次産業化支援:獲ったまま出荷するのではなく、市内で加工し付加価値をつける仕組みづくり
- 若手漁業者への投資:新規就業者への住宅支援、漁具購入補助の拡充
特に私が力を入れたいのは、学校給食への地元水産物の供給拡大です。子どもたちが小樽の魚を食べて育つ——それは食育であると同時に、将来の消費者を育てることでもあります。「ふるさとの味」を舌が覚えている人は、必ず小樽に戻ってきてくれる。私はそう信じています。
観光——「通過する街」から「滞在する街」へ
年間700万人を超える観光客が訪れる小樽。これは誇るべき数字です。しかし、皆さま、この数字の裏にある「ある現実」をご存知でしょうか。
観光客の多くが、札幌から日帰りで訪れ、運河と堺町通りを数時間歩いて帰っていく。宿泊率は、同規模の観光都市と比べても低い水準にとどまっています。つまり、人は来ているのに、お金が十分に落ちていない。これが現状です。
「夜の小樽」をどう創るか
私はよく、観光関係者の皆さんとこう話します。「夕方5時に店が閉まる観光地に、誰が泊まりたいと思うでしょうか?」と。
運河のライトアップは美しい。けれど、その周辺で夜に食事をし、お酒を楽しみ、音楽を聴ける場所がどれだけあるでしょうか。ナイトタイムエコノミーの充実——これは観光消費額を押し上げる、最も現実的な処方箋です。
- 倉庫群を活用したナイトマーケットの定期開催
- 港を舞台にしたクルーズ船着岸時の夜間イベント連動
- 宿泊施設と地元飲食店を結ぶ「夜の回遊パス」の導入
- 修学旅行・教育旅行の誘致強化(歴史と産業遺産の宝庫という強み)
また、天狗山からの夜景、祝津の海岸線、朝里川温泉——運河以外の「もう一つの小樽」を知ってもらう仕掛けも、もっと必要だと感じています。
IT誘致——歴史ある街だからこそ、新しい産業が似合う
「小樽にIT企業? 似合わないんじゃないの?」——そう言われることがあります。でも、私はこう答えます。「むしろ、小樽ほどIT企業に似合う街はありません」と。
考えてみてください。札幌まで快速で30分。新千歳空港まで約70分。光回線は市内全域に整備済み。そして何より、歴史的建造物という唯一無二のオフィス空間がある。コロナ禍を経て、働く場所を自由に選べるようになった時代、小樽の潜在力は飛躍的に高まっています。
サテライトオフィス誘致、三つの提案
- 空き倉庫・歴史的建造物のリノベーション補助:固定資産税の減免と改修費補助のパッケージ化
- 移住支援の一元化:企業単位ではなく、エンジニア個人への住宅・保育支援
- 市内教育機関との連携:小樽商科大学、北海道職業能力開発大学校との産学連携プログラム
先日、ある東京のIT企業経営者が小樽を視察に来られた際、こうおっしゃいました。「毎朝、運河沿いを散歩してから仕事を始められるなんて、最高の贅沢ですよ」と。私たちが「当たり前」だと思っている風景は、外から見れば宝物なのです。
三本柱を結ぶのは「港」という原点
水産、観光、IT。一見バラバラに見えるこの三つを結ぶのが、「港」という共通基盤です。
水産業が元気になれば、観光の目玉となる食の魅力が増します。観光が盛り上がれば、IT企業が「この街で働きたい」と感じる文化的厚みが生まれます。IT人材が増えれば、水産業のデジタル化やEC販売など、新しい挑戦が可能になります。この循環を回していくことこそ、私が目指す小樽経済の姿です。
そして忘れてはならないのが、クルーズ船の寄港地としての港湾機能の強化です。コロナ禍前、小樽港には年間20隻を超えるクルーズ船が入港していました。この流れを再び、より強く取り戻していく。港湾施設の整備と、入港時の受け入れ体制づくりは、市としても最優先で取り組むべき課題だと考えています。
おわりに——子どもたちに手渡したい小樽
私には、小樽で生まれ育った娘がいます。彼女が大人になったとき、「小樽には仕事がないから、札幌や東京に出なきゃね」と言わせたくない。「小樽で働きたいから、小樽に残る」「一度外に出たけれど、小樽で挑戦したいから戻ってきた」——そんな選択肢を、私たち大人の世代が用意しておく責任があると思うのです。
人口減少は、確かに厳しい現実です。けれど、人口が減ることと、街が衰退することは、必ずしもイコールではありません。一人ひとりが豊かに、誇りを持って暮らせる街であれば、規模が小さくても魅力的な街であり続けられるはずです。
港から昇る朝日を見ながら、私はいつも思います。小樽という街は、何度でも立ち上がれる街だと。ニシン漁の衰退を乗り越え、運河の埋め立て計画を市民運動で止め、観光都市へと生まれ変わってきた歴史が、それを証明しています。
皆さまは、小樽のどんな風景が一番好きですか? その風景を、10年後、20年後の子どもたちにも見せてあげたい——その一心で、私は明日も議会に向かいます。ご意見、ご提案、どうぞ気軽にお寄せください。この街の未来は、私たち一人ひとりの手の中にあるのですから。
