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小樽の歴史

ニシン漁が築いた小樽の繁栄——鰊御殿が語る北海道開拓史

銀色の海がもたらした奇跡

皆さん、こんにちは。小樽市議会議員の中村よしひろです。

先日、祝津の高台から石狩湾を眺めていたとき、ふと思ったのです。「もし今、この海が一面の銀色に染まったら、どんな光景なのだろう」と。かつてこの海は、春になると産卵のために押し寄せるニシンの群れで、文字通り白く泡立ったといいます。「群来(くき)」と呼ばれるこの現象は、明治から大正にかけての小樽の繁栄を象徴するものでした。

記録によれば、北海道のニシン漁獲量は明治30年代にピークを迎え、年間で約97万トンに達した年もあったそうです。97万トン——想像がつくでしょうか。今の日本全体の漁業生産量の約3割に相当する量が、北海道の、しかもほぼ日本海側の一部で水揚げされていたのです。

その中心地のひとつが、ここ小樽でした。

鰊御殿が今も語りかけるもの

祝津にある「旧青山別邸」や「にしん御殿 小樽貴賓館」を訪れたことがある方は、きっと驚かれたことでしょう。あの贅を尽くした木造建築、襖絵、欄間、庭園——どれを取っても、北の港町の一漁家が建てたとは信じがたい豪華さです。

青山家は山形から渡ってきた一族で、ニシン漁で財を成し、建築に当時のお金で31万円を投じたと伝えられています。現在の価値に換算すれば数十億円とも言われる途方もない金額です。

しかし私は、鰊御殿を「贅沢の象徴」としてだけ見てほしくないのです。あの建物は、荒波に挑んだヤン衆(出稼ぎ漁師)たちの汗と、彼らを束ねた親方の覚悟と、そして一攫千金を夢見てこの地に渡ってきた無数の人々の希望が、形になったものだと私は思っています。

ソーラン節に込められた声

「ヤーレン ソーラン ソーラン」——誰もが一度は耳にしたことのあるこの民謡は、ニシン漁の網起こしの際に歌われた作業唄です。重い網を引き上げる過酷な労働の中で、呼吸を合わせ、力を合わせるために生まれた歌。あの陽気な節回しの裏には、極寒の海に立ち向かった人々の息遣いが刻まれているのです。

なぜニシンは姿を消したのか

栄華を極めたニシン漁は、昭和30年前後を境に、まるで嘘のようにぱたりと途絶えました。原因については今も議論が続いています。

  • 乱獲による資源の枯渇
  • 海水温の変化など海洋環境の変動
  • 森林伐採による沿岸環境の悪化
  • 産卵場所となる藻場の減少

おそらく、これらが複合的に重なった結果なのでしょう。一つ確かなことは、「無尽蔵に思えた資源も、人間の関わり方次第で簡単に失われる」という事実です。これは今を生きる私たちにとっても、重い教訓ではないでしょうか。

近年、北海道では石狩湾系ニシンの資源回復の兆しが見えています。小樽でも時折「群来」が確認され、市民の皆さんの間でも話題になりました。自然は、適切に手を差し伸べれば、応えてくれる。私はそう信じたいのです。

開拓の記憶を未来へつなぐために

私が議員として常に考えているのは、「歴史を観光資源としてだけ消費していないか」ということです。鰊御殿も、堺町通りの石造倉庫群も、手宮の鉄道遺産も、確かに観光の目玉です。しかしそれ以前に、小樽に暮らす私たち自身が、この街の歩みをどれだけ知り、誇りに思えているでしょうか。

私が取り組みたい三つのこと

市議会議員として、私はこの歴史資産について、次のような方向性を大切にしていきたいと考えています。

  • 子どもたちへの地域学習の充実——市内の小中学校で、鰊御殿や北運河を実際に訪れる体験学習をより充実させたい。教科書で学ぶ「開拓」ではなく、足で歩いて感じる「わが街の物語」として。
  • 歴史的建造物の保存支援——老朽化が進む木造建築の維持には、所有者の方々の大きな負担があります。市としてどこまで支援できるか、他都市の事例も含めて議会で議論を深めていきたい。
  • 水産資源の回復への継続的な取り組み——ニシン稚魚の放流事業や藻場の再生など、地道な取り組みを市としてどう後押しできるか。漁業関係者の皆さんの声をもっと市政に反映させたい。

小樽が小樽であり続けるために

私はときどき、自分に問いかけます。「なぜ、こんなにも小樽が好きなのだろう」と。

坂の多い街並みが好きだから。運河の夕景が美しいから。寿司がうまいから。もちろん、それもあります。でも、本当のところを言えば——私はこの街に流れている「時間」そのものが好きなのだと思います。

鰊御殿の軒先に立ち、潮風を受けながら海を見ていると、百年前にそこに立っていた誰かの気配を感じる気がするのです。希望に胸を膨らませてこの港に降り立った人、網を引き上げながら家族の顔を思い浮かべた人、繁栄の終わりを静かに見送った人——その無数の人生の積み重ねの上に、今の小樽がある。

人口減少、少子高齢化、空き家問題——小樽が抱える課題は決して小さくありません。しかし、かつてこの街の人々は、何もない海岸に町を築き、極寒の海からニシンを獲り、北海道開拓の最前線を担いました。あの先人たちの気概を思えば、私たちに乗り越えられない課題などあるでしょうか。

皆さんは、小樽のどんなところが好きですか。どんな小樽を、次の世代に手渡したいですか。

よろしければ、ぜひ聞かせてください。市政は、議員だけで作るものではありません。この街を愛する一人ひとりの声が集まって、はじめて動き出すものだと私は信じています。

銀色の海の記憶を胸に、これからも皆さんと一緒に、小樽の未来を考えていきたいと思います。

小樽市議会議員 中村よしひろ

中村よしひろ

中村よしひろ

小樽市議会議員

1972年小樽市生まれ。市民の声を市政に届けるため、日々議会活動と地域活動に取り組む。小樽の歴史・文化・自然を愛し、住み続けたいまちづくりを目指している。