運河のほとりで感じた、ある違和感
先日の土曜日、所用で堺町通りを歩きました。観光客の皆さんで賑わう通りは、聞こえてくる言葉も多国籍で、小樽が世界に愛されている街なのだと改めて実感しました。ガラス工房の前では、ある海外からのご家族が「ワンダフル」と何度も繰り返しておられました。私はそれを見て、素直に嬉しくなりました。
けれど、その帰り道。長年お付き合いのある花園のご婦人にばったりお会いしたとき、こんな言葉を聞いたのです。
「中村さん、私ね、もう何年も運河に行っていないのよ。だって、あそこはもう“観光客の場所”でしょう?」
——はっとしました。小樽運河は、私たち市民が守り、残してきた、間違いなく小樽の宝です。それなのに、暮らしている方が「自分の居場所ではない」と感じている。これは、観光振興の成功の裏側で、私たちが見落としてはいけないサインではないでしょうか。
数字で見る小樽観光の「光と影」
小樽市の観光入込客数は、コロナ禍で大きく落ち込みましたが、ここ数年で急速に回復し、令和5年度には約750万人が小樽を訪れてくださいました。インバウンド(海外からのお客様)も着実に戻ってきています。これは本当にありがたいことです。宿泊業、飲食業、小売業など、多くの市民の暮らしがここに支えられています。
一方で、私のもとには、こんな声が届いています。
- 「朝、JR小樽駅に通勤するのに、スーツケースで通路がふさがっていて困る」
- 「近所のバス停に長蛇の列ができて、路線バスに乗れないことがある」
- 「住宅街にレンタカーで入ってきて、道を間違えて立ち往生する車が増えた」
- 「近くに民泊ができたけれど、夜中の騒音がつらい」
観光が盛り上がれば盛り上がるほど、暮らしの基盤である交通、ごみ、静けさ、安全といったものが揺らいでいく。これが世界各地で言われている「オーバーツーリズム(観光公害)」です。京都やバルセロナの話だと思っていたら、小樽でもすでに、ごく身近な問題として現れてきているのです。
「見られる街」から「暮らす街」へ
私はこの街で生まれ、この街で育ちました。坂道の多さに文句を言いながら登校した小学校時代、冬の朝に家族みんなで雪かきをした朝、祝津の海で初めて魚を釣った夏の日。小樽の魅力は、ガイドブックに載っている景色だけではありません。市民一人ひとりの記憶が積み重なってできている、暮らしの街こそが小樽なのだと、私は信じています。
観光政策を考えるとき、私たちは時に「どう見せるか」ばかりに意識が向きがちです。ライトアップ、インスタ映え、プロモーション動画。もちろんそれらは大切です。けれど、本当に問うべきは、こうではないでしょうか。
「この街に暮らしている私たち自身が、小樽を誇りに思えているか」
市民の自尊心(シビックプライド)こそが、観光のいちばんの土台です。暮らす人が愛していない街を、訪れた人が本気で好きになることはありません。
観光は「手段」であって「目的」ではない
私は観光振興そのものに反対しているわけでは、まったくありません。むしろ、人口減少が進む小樽にとって、交流人口を増やすことは地域経済の生命線です。ただし、観光は「市民の暮らしを豊かにするための手段」であって、「市民の暮らしを犠牲にしてでも伸ばすべき目的」ではない。この順序を、私たち政治に携わる者が間違えてはいけないと思うのです。
市民が主役になるための三つの提案
では、具体的に何をすべきか。私は議会の場で、以下のような方向性を繰り返し訴えてまいりました。
一、観光客と市民の「動線」を分ける工夫
通勤時間帯の駅前バス停の運用、観光バスの乗降エリアの再設計、スーツケース一時預かり所の拡充。小さな工夫の積み重ねで、朝のラッシュと観光のピークがぶつかる場面は、かなり緩和できるはずです。すでに他都市で成果を上げている事例を、小樽に合う形で導入していきたいと考えています。
二、民泊・宿泊施設と地域ルールの明確化
民泊そのものを一律に悪者にするつもりはありません。しかし、住宅街の中に無秩序に広がれば、地域コミュニティは必ず傷みます。町会との事前協議の仕組み、ごみ出しや騒音についての明確なガイドライン、違反事業者への実効性ある対応——これらを条例レベルで整理していく必要があります。
三、観光で得た収益を「市民のくらし」に還元する仕組み
宿泊税の議論は全国的に進んでいます。小樽でも中長期的に検討すべき課題だと私は考えています。ただし、新たな財源を求めるからには、使い道を市民にはっきりお示しすることが大前提です。たとえば——
- 観光客も使うけれど、市民の生活道路でもある道路の除雪・補修
- 公衆トイレの増設・清掃強化
- 地域の歴史的建造物の保存修繕への助成
- 子どもたちへの「小樽学」教育プログラム
市民が「ああ、観光のおかげで暮らしが良くなったな」と実感できる循環を作ること。これこそが、観光振興と市民生活の両立の鍵だと思っています。
小樽の誇りは、小樽に暮らす人の中にある
私はよく、議会の控室の窓から石狩湾を眺めます。夕方、海が金色に染まる瞬間が本当に好きで、何度見ても胸がいっぱいになります。この景色を、観光パンフレットの一枚絵としてではなく、「毎日の暮らしの中で何気なく見られる景色」として、これからの子どもたちにも手渡していきたい。それが、私がこの仕事を続けている理由の一つです。
観光客の皆さんは、大切なお客様です。遠くから小樽を選んで来てくださること、そして小樽を好きになって帰ってくださること、これほど嬉しいことはありません。でも、その歓迎の気持ちは、市民自身の暮らしが守られているからこそ、心からのものになるのです。疲れ切った住民が、笑顔でお客様を迎えられるでしょうか。
最後に、皆さんにお尋ねしたいのです。
あなたにとって、小樽の「ここだけは残したい」風景は何ですか。
あなたが大切な人を小樽に案内するとしたら、どこへ連れていきますか。
その答えの一つひとつが、これからの小樽の観光政策の、本当の設計図になると私は信じています。市役所や議会の中だけで決めるものではありません。皆さんの声を、どうかこれからも聞かせてください。私はその声を携えて、議場に立ち続けます。
この街を愛する一人として、そして皆さんから負託をいただいた一議員として。小樽が、訪れる人にも、暮らす人にも、等しく誇れる街であり続けるために。
