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北運河の夕暮れに響いたオルゴールの音
先日、所用の帰り道に堺町通りを歩いていると、観光客の若いご夫婦が立ち止まり、オルゴール堂の店先で小さな曲に耳を傾けていました。奥さまが「ねえ、この音、覚えてる?」とご主人に話しかける。きっとお二人には、その旋律にまつわる思い出があったのでしょう。見ず知らずの私まで、なんだか胸があたたかくなりました。
私はこの光景を見て、あらためて思いました。小樽という街が持っている「文化の力」とは、建物や商品そのものではなく、人の記憶に寄り添い、物語を生み出す力なのではないか、と。
ガラス、オルゴール、音楽。この三つは、小樽ブランドの中核をなす文化資産です。今日は、この文化資産について、市議会議員の立場から、そして一人の小樽市民として、少し掘り下げてお話ししたいと思います。
数字で見る小樽の文化観光
まず、客観的な数字から見てみましょう。コロナ禍前の2019年、小樽市を訪れた観光客は年間約800万人にのぼりました。コロナ禍で一時大きく落ち込んだものの、近年は国内外の観光需要が回復しつつあります。
そのなかで、堺町通りを中心としたエリアには、ガラス工房、オルゴール店、スイーツ店などが軒を連ね、多くの方が「小樽らしさ」を求めて足を運んでくださっています。
人口11万人を切ろうとしている小樽市にとって、年間数百万人規模の交流人口は、まちの経済と文化を支える大きな柱です。ただし、ここで立ち止まって考えたいのは——「数の多さ」が本当に「まちの豊かさ」に結びついているか、ということです。
ガラスが照らしてきた、まちの百年
そもそも、なぜ小樽でガラスなのか。ご存じの方も多いと思いますが、明治後期から大正にかけて、小樽は漁業で栄えました。ニシン漁の浮き玉、そして石油ランプ。これらを生産していたガラス工房が、時代の変化のなかで用途を変え、工芸品や観光土産へと姿を変えていったのです。
つまり小樽のガラスは、「観光のために作られた文化」ではなく、「暮らしの必要から生まれ、時代とともに磨かれてきた文化」なのです。私はここに、小樽ブランドの本質があると感じています。
運河沿いの石造倉庫群も同じです。かつては物流の最前線だった場所が、今は人々の集う文化空間になっている。役目を終えたものを壊すのではなく、意味を再発見して活かす——これは、小樽という街が百年かけて育んできた知恵ではないでしょうか。
職人さんの一言が忘れられない
以前、市内のガラス工房を訪ねたとき、ベテランの職人さんがこうおっしゃいました。
「同じ型でも、同じ日でも、二つとして同じガラスはできないんだよ。だから、お客さんも『これが自分のだ』って思える一つに出会えるんだ」
大量生産では決して生み出せない価値。これこそ、観光客の心を掴み、小樽をもう一度訪れたいと思わせる原動力なのだと、私は確信しました。
音楽都市おたる——市民が奏でる日常
そして、音楽です。小樽は実は「音楽のまち」でもあります。市民会館や市民センターでの演奏会、潮まつりの太鼓、学校の吹奏楽、合唱団の活動。石原裕次郎さんや、ジャズミュージシャンゆかりの地としても知られています。
私が特に心を動かされるのは、こうした音楽が「プロの舞台だけのもの」ではなく、市民の暮らしのなかに溶け込んでいることです。小学校の発表会で一生懸命演奏する子どもたち、公民館でコーラスを楽しむ高齢者の皆さん、ライブハウスで熱演する若者たち。
- 石造倉庫を活かしたコンサート空間
- オルゴール堂の静かな機械音
- 運河クルーズのガイドさんの軽やかな語り
- 堺町通りに流れるBGM
これらすべてが、小樽という街の「音の風景(サウンドスケープ)」をつくっています。目に見える景観だけでなく、耳に残る音の記憶こそが、「また小樽に来たい」という思いを育てているのです。
文化を「残す」から「育てる」へ——私の政策提言
さて、ここからは市議会議員としての提言です。小樽の文化資産は素晴らしい。しかし、放っておいて勝手に続いていくものでは決してありません。職人の高齢化、後継者不足、空き店舗の増加——課題は山積しています。
私は、次のような取り組みを市として検討していくべきだと考えています。
1. 若手職人・アーティストへの支援強化
ガラス工芸やオルゴール製作に挑戦したい若者が、市内で修業し、工房を構えられる環境づくり。空き店舗を活用した工房兼ショップへの家賃補助や、技術継承のための研修制度など、具体的な一歩を進めたいと考えています。
2. 市民が文化を楽しめる機会の拡充
観光客向けだけでなく、市民自身が自分たちの文化を誇りに思える仕掛けが必要です。市内の子どもたちが無料でガラス体験やオルゴール製作に参加できる日を設ける。学校教育のなかで、地元の職人さんから直接話を聞く機会を増やす。こうした取り組みが、未来の担い手を生みます。
3. 「音の風景」を守る景観政策
小樽の魅力は視覚だけではありません。騒音対策や街のBGM、イベント音響の整備など、音の面からも「小樽らしさ」を守る視点を持ちたいものです。
文化資産は、観光のための「商品」である前に、市民の暮らしを豊かにする「財産」です。市民が幸せに暮らしているまちだからこそ、訪れる人にもその魅力が伝わる。順番を間違えてはいけない、と私は常に自分に言い聞かせています。
おわりに——小樽ブランドは、市民一人ひとりの手の中に
私が小樽を好きな理由は、たくさんあります。坂の上から見下ろす港の景色。冬の雪あかりの路。朝市の活気ある声。そして、職人さんや店主さんたちの、少し不器用で、でも真っ直ぐな仕事ぶり。
ガラスも、オルゴールも、音楽も、結局のところ「人の手」から生まれています。小樽ブランドの正体とは、この街で生きる一人ひとりの誠実な営みの積み重ねなのだと、私は信じています。
皆さんは、小樽のどんな文化に心を惹かれますか。ご自宅の棚に、小樽で求めた一輪挿しや小さなオルゴールはありますか。もしよろしければ、そのエピソードを聞かせてください。市民の皆さんの声こそが、これからの小樽の文化政策を形づくる、何より大切な羅針盤です。
これからも、小樽の文化を守り、育て、次の世代へ手渡していくために、私も微力ながら全力を尽くしてまいります。この美しい街で、ともに歩んでいけることに、心から感謝しながら。
——小樽市議会議員 中村よしひろ
