運河の向こうに佇む、もう一つの小樽
先日、早朝の運河沿いを歩いていました。観光客の姿もまばらな、午前5時過ぎのことです。朝靄のなかで石造り倉庫群がぼんやりと浮かび上がる光景に、私は思わず足を止めました。
軟石の壁に刻まれた無数の鑿(のみ)の跡。鉄の扉を留める錆びた鋲(びょう)。屋根に積もる雪を支え続けてきた太い梁(はり)。この街で生まれ育った私にとって、それは子どもの頃から当たり前にあった風景でした。けれど最近、ふと思うのです。「当たり前」は、本当に当たり前なのだろうか、と。
今日は、私たちの街の宝である石造り倉庫群について、少し長めにお話しさせてください。
なぜ石造り倉庫は「小樽らしさ」なのか
小樽の石造り倉庫の多くは、明治後期から大正、そして昭和初期にかけて建てられました。使われているのは、札幌・石山地区や小樽・天狗山麓などで採れる「札幌軟石」や「小樽軟石」と呼ばれる凝灰岩です。
なぜ石だったのか。理由はシンプルです。木造では火事に弱く、冬の湿気や海からの潮風にも耐えられない。北のまちの商人たちは、港に揚げられた海産物や穀物を守るために、最も合理的な素材を選んだのです。
つまり石造り倉庫は、単なる「古い建物」ではありません。北の港町で生きていくための、先人たちの知恵の結晶なのです。私はここに、小樽という街の本質があると感じています。
観光地である前に、暮らしの風景
よく「小樽は観光のまち」と言われます。もちろんそれは事実ですが、私はいつも思うのです。倉庫群は観光客のためだけに残されてきたのではない、と。
祖父母の世代は、あの倉庫のそばで荷揚げの仕事をし、父母の世代は倉庫街の裏道を通学路にしていた。私自身、子どもの頃にあの石の壁を手でなぞりながら、ひんやりとした感触に季節の移ろいを感じたものです。倉庫群は、何世代もの小樽市民の記憶が染み込んだ「暮らしの風景」なのです。
失われていく倉庫たち——数字が語る現実
しかし、現実は厳しいものです。
小樽市が指定する「歴史的建造物」は、現在およそ80件あまり。このうち石造り倉庫を含む歴史的建造物の数は、記録が残り始めた昭和後期と比べると、残念ながら確実に減少しています。老朽化、相続、維持費の負担——理由はさまざまですが、取り壊されてしまえば二度と戻ってきません。
- 軟石の修繕には、通常の建材の数倍のコストがかかる
- 石を切り出せる職人も、積み直せる職人も、年々少なくなっている
- 所有者の多くは個人や中小企業で、維持の負担は決して軽くない
- 固定資産税など、保有し続けるだけでも経費はかかり続ける
市としても助成制度を設けてはいます。けれど、正直に申し上げて、これだけで十分とは言えません。一棟の倉庫を本格的に修繕しようとすれば、数千万円単位の費用がかかることも珍しくないのです。
保存だけでは守れない時代に
私はよく、市民の方からこう問われます。「中村さん、歴史的な建物は大事だと言うけれど、空っぽのまま残しておくことに意味があるの?」
鋭いご指摘だと、いつも思います。
かつては「とにかく壊さずに残す」ことが保存運動の中心でした。昭和48年、小樽運河埋め立て問題で多くの市民が声を上げた、あの歴史的な動きを私たちは忘れてはいけません。しかし今、時代は次の段階に進んでいると私は考えています。
残すこと、そして使うこと。この両輪が揃ってはじめて、歴史的建造物は「生きた遺産」になる。保存と活用は対立するものではなく、互いを支え合うものなのです。
実際、堺町通りや色内地区では、倉庫をリノベーションしたカフェやガラス工房、ギャラリーが、新しい小樽の顔として息づいています。建物に新しい役割を与えることが、結果として建物の寿命を延ばしているのです。
私が考える三つの政策提言
では、議会の場で私は何を訴えていきたいのか。市民のみなさまに、具体的にお伝えしたいと思います。
一つ目:修繕費助成の拡充と「軟石職人」の育成支援
現在の助成制度を見直し、特に大規模修繕への支援を厚くすべきだと考えています。同時に、技術を持つ職人さんを次世代に継承するための研修制度を、北海道や近隣自治体と連携して整備できないか——これは中長期の課題として提案していきたいテーマです。建物を残しても、直せる人がいなくなれば意味がありません。
二つ目:活用を促す「用途転換」のハードルを下げる
倉庫を住居や店舗、宿泊施設に転用しようとすると、現行の建築基準法や消防法の壁にぶつかることがあります。もちろん安全は最優先ですが、歴史的建造物に特化した柔軟な運用の仕組みを、国へも働きかけながら整えていく必要があります。
三つ目:市民が「オーナー」になれる仕組み
私がもっとも大切にしたいのは、これです。クラウドファンディング型の寄付制度、歴史的建造物を支える市民ファンド、あるいは子どもたちが倉庫群について学ぶ副読本の作成——。倉庫群を「誰かの持ち物」ではなく「みんなの財産」にしていく仕組みづくりを進めたいのです。
一人ひとりの関心が、結局は街を守る一番の力になる。私は政治家として、この当たり前のことを信じ続けたいと思っています。
倉庫の壁に、未来の光を
先日、ある小学校で子どもたちと話す機会がありました。「小樽で好きな場所は?」と尋ねると、何人かが「運河!」「石の倉庫!」と答えてくれました。嬉しかったですね。あの子たちが大人になったとき、同じ風景を自分の子どもに見せられる街であってほしい。心からそう願います。
石造り倉庫群は、ただ古いから価値があるのではありません。
先人が残してくれたものを、私たちが受け取り、少しだけ手を入れて、次の世代に渡していく——そのバトンリレーの途中にいる自分たちだからこそ、できることがある。私はそう思うのです。
観光のためだけではなく、投資のためだけでもなく、何より「この街で暮らす私たち自身のために」。石の壁に手を触れたとき、ひんやりとした感触の中に小樽という街の体温を感じられる——そんな街であり続けるために、私は議会で声を上げ続けます。
みなさまの街歩きのなかで、ふと倉庫の前で立ち止まる瞬間があれば嬉しいです。その一瞬の「いいな」という気持ちこそが、小樽の未来をつくる最初の一歩だと、私は信じています。
——小樽市議会議員 中村よしひろ
